「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第48話

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領主の館訪問準備編
<驚愕(笑)>



 騎士アンドレアス・ミラ・リュハネンの姿は子爵との会談の次の日の夕刻、ボウドアの村の村長の家にあった。

 彼は子爵の命を受けた後、これまでの資料にもう一度目を通してから次の日の朝に館を出立してボウドアの村には昼過ぎ頃に到着した。これが冒険者ならばこのまま進み、夕刻近くになった頃に野営をするのであろうが彼は騎士である。当然野営の経験は殆ど無く、また一人での行動なのでもしもの事を考えて(まぁこの先では、ある事情があって草原のような見通しの良い場所に野犬などの動物が出没する可能性はほとんど無いのだが)村に泊まることにしたのだ。

 「リュハネン様、本当に私どもの家にお泊りになられてよかったのでしょうか? 見てのようにあばら家で、リュハネン様をお持て成しする事などとても出来ないのですが」
 「ああ、かまわんよ。無理を言っているのは私の方だからな。屋根と食事があるだけでもありがたいくらいだ」

 そう言ってリュハネンは笑う。実際、この程度の規模の村では騎士の称号を持つ者を歓待する事など出来るはずも無いし、この辺境の村では宿屋と言うものも無い。ならば泊まる場所を探そうとした場合、広くて寒い集会所よりは手狭でも村長の家に泊めてもらうのが一番だろう。

 「おおそうだ。リュハネン様、アルフィン様の別荘にお泊りになられてはいかがですか?」
 「っ!?」

 なっなに!? こいつ、よりにもよって何を言い出すのだ。

 私も村に早い時間に着いたから一度見ておこうと思って丘の麓の館を見に行ったが、あのような豪勢な館に気軽に一晩泊めてはくれないだろうか? などと頼める訳がないだろう。これが例え平民の館であろうとも、あれほどの見事な館では例え貴族であっても気楽に尋ねる事など出来るはすが無い。ましてや、私はこれからその館の主の城を偵察に行くのだぞ。

 「ああ、大丈夫ですぞ。あの館の主であるアルフィン様は御優しい方で、私たちも十日に一度位は軒先にお邪魔させていただいてお風呂と言うものを貸してもらっているのです。私たちにでさえそれほどよくして下さっているのですから、リュハネン様ならばきっと快く一晩の宿を貸してくださいますよ」
 「風呂を? 十日に一度?」

 何の冗談だ? 風呂など子爵家の者でも毎日入れるのは子爵本人くらいだ。ここは川が近いのは確かだが、それにしても風呂を沸かすほどの水を運ぶのは大変だろうし、井戸を掘ったとしても、やはり井戸から風呂桶まで水を運ぶのは大変な作業だ。それに風呂に沸かすだけの薪ともなれば結構な量になる。多分村長を懐柔する為なのだろうが、例え村長の家族だけとは言えそれだけの金をかけるとはとても信じられん。

 「はい、館のお風呂は大変大きいのですが流石に全ての者が一度に入れるわけではないので、村の者が全員借りるとなると、毎日は入れないのです」
 「なっ!?」

 ばっ馬鹿な!? では十日に一度貸しているのではなく、毎日誰かしらに貸しているという事ではないか。

 「あっ今の話ではちょっと語弊がありますね。風呂を借りているのは二日に一度です。いやぁ、アルフィン様はいい物を作ってくださりました」
 「作った?」

 私の言葉に村長は説明を追加してくれた。どうやら後に作ったと言う小屋は最初洗濯や水浴びをする為の小屋として作ったらしいのだが、やはり湯があった方が便利だろうと後日、中を改修して一度に20人ほどが入れる風呂場にしたらしい。

 ・・・20人ほどが入れる風呂場だと。ここは温泉が湧き出る火山地帯だったか? そんな訳が無い! ここは昔から草原地帯で温泉など湧き出るはずが無いのだ。ではアルフィン姫はこの村人たちの為に風呂を沸かしていると? なんの為に? そんな事をして何のメリットがあるのだ?

 「まぁ、アルフィン様の館に泊めて頂くという話はさておき、今日はその風呂に入る事が出来る日なので後で行きましょう。気持ちがいいものですよ」
 「あっああ、そこまで言うのであれば私も行くとしよう」

 取り合えずこの目で直に見てみない事には始まらないだろう。私は村長に誘われて、その風呂に行って見ることにした。



 ああ、気持ちよかった。手足を全て伸ばし、肩まで湯に浸かるのがこれほど気持ちのいいものだったとは。なるほど、子爵が毎日入るのにこだわる気持ちもよく解る。もし私に財力があれば家に大きな風呂を作ったことだろう。

 それに体を洗う為のものだと言う、あの”ボデ・ソオプ”とか言う香油。あれもいい。泡がよく立ち、体の汚れが落ちる事が実感できる上によい香りがする。なるほど、村人が前に訪れた時よりも清潔になっているのはあの香油のおかげか。さぞ高いものだろうにそれを惜しげもなく村人に使わせるとは、やはり都市国家イングウェンザーの財力は侮れん。

 それに湯を沸かすマジックアイテムと水が湧き出る大樽。まさかあんな物まで村の者たちに貸し与えているとは。なるほど、あれならば薪の心配や水を運ぶ手間を考える必要はないだろう。しかし、あれがいくらすると思っているのだ? 規模が大きく、簡単に盗みだせるものではないだろうが、それにしても普通はあんなに軽々しく貸し出せるようなものではないだろう。

 風呂に据え付けられていたマジックアイテムを思い描き、その値段を想像して驚愕して居た所、いつの間にか居なくなっていた村長が帰ってきて話しかけてきた。

 「リュハネン様、今ちょうど知らせが参りまして、マイエルの奥さんがこちらのメイドさんに頼んだところ一晩泊めてくださるそうです。これで私の家のような汚い所でリュハネン様に寝ていただかなくてもよくなり、ほっとしました」
 「何時の間に」

 なに? 風呂に入っている間に頼んでいたと言うのか? それとマイエルとは誰だ? ん、まてよ。まるんと言う貴族の友達になった子供の名前が確かマイエル姉妹ではなかったか。と言う事はその母親か。

 「また食事の用意もして下さすそうで。一応私も同席すると言うのが条件らしいのですが、宜しいでしょうか?」
 「んっ? ああ、それはかまわないが」

 いかん、話が速く進みすぎて頭が付いていかない。しかしこれは困った事になったぞ。私は言わば密偵。それなのに、その探る相手の館に招待されてしまった。これが相手の城だというのならばまだいい。これ幸いと探ればいいのだから。しかしここはあくまで別荘だ。そんな所にわざわざ立ち入って、自分の素性をさらしてもいいものだろうか?

 いや、もしかしたらすでに私の目的が相手側に筒抜けなのではないか? だからこそ先手を打って村長たちに私が立ち寄ったら連絡を寄越し、館に泊めるようにと指示を出して置いたのでは?

 「うむ、ありえない話ではないが・・・しかし」

 今まで数回会った事のあるこの村長の性格を考えると、そのような企みを私に悟られる事なく進められるとは思えない。と言う事は、本当に善意で頼みに行ったと言う事だろうか? とにかくここは慎重に、こちらの意図を相手に悟られぬよう行動すべきだな。

 そう考え、村長に先導されながらも気を引き締めて館に向かうリュハネンだった。


 ■


 「え? ボウドアの館に客人を泊めてもいいかって?」
 「はい、館のメイドからそう連絡がありました」

 今日の執務もひと段落し、地下6階層の執務室でお茶を飲んでいた所にメイド統括であるギャリソンが訪れて私にそう伝えた。へぇ〜、ボウドアの村にも客人が来る事があるんだ。それにわざわざあの館に泊めてほしいと言うくらいだから位の高い人よね? 徴税士でも来たのかしら? それならなるべく気持ちよく帰ってもらった方がいいと考えそうだしなぁ。

 「館に泊めて欲しいと言う位だから、偉い人でも来たの?」
 「はい。どうやら領主の所にいる騎士が訪れたそうで、普通ならば村長宅に一晩泊まらせるそうなのですが、位の高い方なので、出来たら館の一晩泊めてもらえないかとマイエル夫人が村長に変わって頼みに来たそうです」

 騎士がねぇ。そう言えばあの国は騎士が街道を巡回して国民を守ってくれているって話だっけ。それなら村長さんがいつも守ってくれている騎士さんを接待したいと考えるのも解る気がする。それにユーリアちゃんたちのお母さんの頼みか。それじゃあ無碍には出来ないわね。

 「そうなの。マイエルさんの頼みなら断れないわね。それで、私も出向いた方がいいの?」
 「いえ。いきなりアルフィン様が訪れては村人も恐縮してしまうでしょうし、別館にお通しして、メイドに相手をさせようと思います」

 言われてみたらその通りか。ただ一晩泊めるだけなのに、わざわざ館の主が出向いてしまってはこれから頼みにくくなるだろうしね。村の人たちとの関係を考えると、これからもこんな程度の頼みなら気軽に引き受けられるようにしたいし、ここはメイドたちに任せるとしましょう。

 「あっでも一応私の指示も伝えたいし、失礼があってはいけないから城からも誰か送りましょう。そうねぇ、この場合接待だからヨウコたちよりココミの方が適任よね。危険があるわけじゃなさそうだし」
 「はい、私もそう思います」

 あと折角歓待するのだから食事やお酒も必要よね。

 「あと食事はどうしようかしら。今回は一人だし、城から運ぶよりは館で作った方がいいわよね? そう言えばあの館、お酒ってあったかしら?」
 「はい。料理に関しては突然の訪問と言う事ですからあまり凝った物はお出ししない方がいいと思います。至高の御方々が訪れた時ならばともかく、普段はメイドしかいない館であまり良い物が並んでは不審を招く事があるでしょう。普段メイドたちが食べている物をアレンジしてお出しするのが宜しいかと存じます。あとお酒ですが、館には何時アルフィン様が訪れてもいいように一通りそろえてございます」

 なにそれ? なんかその言い方だと私が物凄くお酒が好きみたいじゃないの。・・・まぁ、その通りなんだけど。

 「館からの報告では、現在その騎士は風呂に入っているとの事ですから食前酒をお出しするのであれば、この世界のエールとは違いよく冷えたものをお出しできますのでラガービールが宜しいかと。それ以降はその方のお好みのお酒をお出しするのがいいと思われます。」
 「そうね。そうしましょう。あと、その騎士を泊めるのはいいけど、食事を一人でさせるのもなんかわびしいわよね。そうだ、村長さんを食事に招待した事は無かったはずだし、いい機会だから一緒に呼びましょう」

 得体の知れない騎士一人を接待するよりも、見知った村長さんを一緒に接待した方が館の子達も気が楽だろうからね。

 「解りました。そのように手配いたします」
 「うん、頼んだわね。でもその騎士さんって一人でボウドアに来たのよね。やっぱりあの辺りは安全なのね。普通なら二人一組で見回りとかしそうなのに」
 「館の者たちの話では野犬さえ見かけないとの事ですから、それだけ治安がいいと言う事なのでしょう」

 野盗のアジトがあっても要請を出せば町から専門の騎士を派遣してくれるくらいだし、普段はこのように騎士が見回りをしてくれる。なるほどエルシモさんたちも半失業状態に陥ってしまう訳だ。そんな事を考えて、この国の治安はホント守られてるなぁと感心するアルフィンだった。


 ■


 「ガラスのジョッキだと? それにこのエール、どうやったらこれほど洗練された味の物が作れるのだ?」
 「それに地下水よりも冷えています。やはりこれもマジックアイテムで冷やしているのでしょうか?」

 子爵のような貴族相手ならともかく、私や村長にガラス製の、それもこのように歪みも無く透明度も高いジョッキを惜しげもなく使うとは。それにエールも今までは常温でしか飲んだ事が無く初めてよく冷やしてある物を飲んだのだが、こうして飲むと格別だな。それに一口目は風呂上りで火照った体にしみこんで旨いのかと思ったのだが、どうやらこのエールそのものが尋常なものではなく旨いという事が飲み進めるうちによく解った。

 今日この日までエールと言う飲み物は酔う為だけのあまり旨くない酒だと思っていたが、これならばワインと比べても遜色の無い程旨い酒だ。作り方次第でこれほど洗練された物になるのであれば、自分の認識を改めるべきかもしれない。

 「こちらはエールではございません。よく似ているものではありますが、ラガービールと言うものです。お気に召したのでしたらお変わりをお持ちしますよ」

 私の言葉に反応したのか給仕とは別の、メイド服自体が少し違う所から他のメイドたちよりも位が高いであろうメイドが奥から出て来て声をかけてきた。この辺りでは珍しいダークブラウンの色をした髪の南方に多く見られる顔立ちをした美しい女性だ。

 「これはラガービイルと言うのですか。なるほど、前に町で飲んだエールとは似て非なるものですね」

 私の言葉にその女性は柔らかな表情でにっこりと微笑んだ。その女性を見た村長は、彼女を見知っていたのだろう。会釈をしてから声をかける。

 「これはココミさん。今日は城ではなく、こちらにいらしたのですか?」
 「はい。所用がありまして」

 なるほどこの女性はこの館ではなく城のメイドなのか。それに、報告書にあった最初にシャイナと言う女性と一緒に野盗を撃退したメイドとは姿かたちの特徴が異なる所を見ると、おそらくアルフィン姫がこの村を訪れるときに同行したメイド。姫付きと言う事はそれだけで位が高いという事でもある。位の高い者に付くメイドは身分が確かなものでしかなることが出来ないのだから。

 「それでどうなさいますか? ビールがお口に合わなければ別物のをお出ししますが」
 「私はそのままこのラガービイルと言うものを頂けますか?」
 「私もラガアビィルでお願いします」
 「はい、解りました。それではお食事も、ビールに合わせたものにするようにと厨房に申してまいります」

 そう言うと、ココミと言うメイドは一礼して去って行った。その仕草は洗練されており、きちっと教育を受けた者の動きだ。やはりそれ相応の立場の者の娘なのだろう。

 「リュハネン様。この館の料理はかなり美味しいそうです。前にマイエルの奥さんと村の子供たちがこちらで料理をご馳走になったそうなのですが、その時出されたオコサマランチと言う料理はまさにこの世の物とは思えないほど美味しく、完成された料理だったそうです」
 「オコサマランチですか? 聞いた事の無い料理ですね」

 ふむ、都市国家イングウェンザー自体が遠い異国らしいから、そこの料理なのだろうか? しかし、信じられないほど旨い料理か。このような辺境の村ではそれほど大層な物は食べては居ないだろうが、それでもそこまで言うのだから町の高級料理屋くらいの物が出たのだろうか? しかし、子供たち相手に出された物との事だし人数も結構な数が居たようだ。このような土地では良い食材を数多く確保するのは大変だろうから、贅を尽くした物と言うよりも技を尽くしたものだったのだろう。

 「すみません。先日と違い今日は急な事でしたのであそこまでの料理はご用意できませんでした。私たちが普段食べている物に少し手をかけたものくらいしか出せない状況でして、まことに申し訳ありません」
 「いえいえ、急に訪れて食事と美味しいラガービイルまでご馳走になっているのです。文句などありませんよ」

 近くに控えていた給仕のメイドが、村長の言葉に申し訳なさそうにお詫びの言葉を継げた。その言葉に村長は肩を落としたが、それも仕方のない事だろう。前に村の者が食事に誘われた時はアルフィン姫も同席したというのだから下手な物を出せる訳がないし、きっと料理人も城から連れてきた一流の者たちだったに違いないだろう。そのレベルの物を急に来て食べさせろという方が無理というものだ。

 そう考え「このラガービイルと言うものが味わえただけでも儲け物ではないか」と思ってリュハネンは出てくる料理にはそれほど期待をしなかった。しかし、

 「こっこれをこの館のメイド達は普段から食べているというのか!?」

 出てきた料理を前に「イングウェンザー恐るべし」と再認識させらされるリュハネンだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 エルシモたちの時と同じです。いや、あの時はメイドたちが食べているものよりも少し劣るものを食べさせているので、それ以上の驚愕を覚えたことでしょう。出てきた料理は普段メイドたちが食べているものにちょっと手を加えた上質な物なのですから。

 さて、アルフィンたちもイングウェンザー城の偵察に領主が誰か送り込むだろうと考えては居ますが、その時はきっと冒険者を送り込むだろうと思っているので今回リュハネンが館を訪れたにもかかわらず、その人が偵察に来たものだとはまるで考えていません。だからこんなに簡単に館に入れたりします。すぐ近くの本館には城と直結している転移の鏡があるにもかかわらずです。いやぁ、本当にゆるいですねぇ

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